この投稿文は闇黒光氏の承諾のもと http://info.odic.ne.jp/info/syushi.html
(2002.07.26 文責・闇黒光)より転載いたしました

ここ最近、本屋に足をはこぶと、そくさくとパソコン書籍売場のまえに立つ。
以前ほど激しくなくなったのであるが、その習性からまだ逃れられていない。
そんななかフト手に取ったのが文春新書の六月の新刊である、この『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著)であった。
書名が『寝ながら読める構造主義』でないのが気になったが、ゴロンと横になり読めるのならこれ幸いと購入した。
ところが横になり、寝ながら読めないのである。
おもしろいものだから正座になり、読みふけったのであった。
個人的な感慨であるが、十年前ではこのように素人のわたしにも分かりやすく構造主義からポスト構造主義の流れを解説することは、難しかっただろうな、などと読後感。
さて、あえてここで『寝ながら学べる構造主義』をもちだすのは、演技論として読んだ『寝ながら学べる構造主義』を少々内容に触れながらまとめてみたいと思いたったからであった。
わたしの視点を差し込めば、台詞論、身体論、演技論が咲き乱れているのであって、いかほどか違う眼差しで「演技について」おもしろい話が書けるのではないかというわけである。
例によってアウトラインは決まっていない。
模索しながらということになる。(2002.07.26 文責・闇黒光)